乃木坂46の寺田蘭世さんが、18歳になったそうです。
本当におめでとうございます。

蘭世さんとみり愛さん(渡辺みり愛さん)のお名前を初めて知ったとき、女の子の名前の付け方も随分変わったものだなと思いましたが、今ではもう私の中では完全に脳内辞書に登録された人名になっています。

さて、今日とあるテレビドラマを見ていて、出演している中学生くらいの女の子がかわいいなと思っている自分のその感情を少し斜めから眺めてみると、それはおそらく子供に対して感じる感情と同じなんだなと思い至ったわけです。子供が笑うと、特にそれが自分の子供だったとすると、人は幸せに感じるのでしょう。
私には子供がいませんから、このような機序で幸せを感じることは、普段の生活の中では皆無です。そしてそれを補うように、美しく、かわいく、そして優しく礼儀正しい乃木坂や欅坂(ひらがなけやき含む)の皆さんを見ることができると幸せを感じるのでしょう。
同僚には恋愛感情じゃないよ、親が子を見る感情だよと説明するのですが、理解してもらっていないようです。彼等には自分の子供がいるので、私のような少し紆余曲折しているような感情を抱く必要性がないからだと、今日の思索で理解できたような感じがしました。
乃木坂46は新規ファンを獲得してファンの個体数が莫大になったため、全国握手会のシステムではもう現実的には何時間も待機列に並ぶことができる若者しか参加できない状態になっています。それが顕著になったのは「今誰」のときからでした。私は今でも全国握手券2枚と初回握手券付・ミニライブ観覧券1枚を持っています。
握手会に参加できなかったことは残念でしたが、本当は握手できなくても、会話ができなくても、表情が分かる距離で彼女たちが実際に笑っている姿を見て見たい。それだけで十分に幸せになれるような気がするのです。まあ、例が適切かはわかりませんが、奈良中尊寺の半跏思惟像に対面して言葉にはしないものの何かを会話して、自分のこころが少しでも仏様のように平穏な状態に近づけるというようなものかもしれません。
そのように思うと、欅坂46の米谷奈々未さんが菩薩半跏思惟像なのではないかというような気がして来ました。また今回も妄想モードに入りつつあるようですので、ここらへんで無駄話はお仕舞いにします。



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