ここ数日の欅坂46さんのブログを見ていて改めて気づいたのですが、長濱ねるさんは努力型天才なのですね。
私は三十余年前に多くの天才の類型を見る機会がありました。天才は基本的に脳の処理能力が常人とは桁違いであり、おそらく記憶能力にも優れており、見聞きしたものを瞬時に概念化し記憶することにより知識として活用できる人なのです。
天才と非凡は似て非なるものであって、まさに天寵を負える者のみが天才としての資質を与えられているのです。だから社会に還元してこそ天才が天才たる所以なのですが、この社会への還元の方法の一つとして努力という形態があるのです。
ただし、ほとんどの天才は本人が意識しているか否かは別にして努力しています。努力の結果天才になるのではなく、天才であって努力をし、形となって社会に還元され、それが認められて天才であることが世間に認知されるというものなのだと思います。その典型例がねるさんなのではないかと感じた次第です。
ひらがなけやきのメンバーから語られ、漢字欅のメンバーから語られるねるさんの努力は、ご本人の言葉に変換すると「迷惑を掛けている」ということになるらしく、その変換の過程が常人には理解不能なのですが、行動とその結果が天才であることを知らしめているという事実により、私たちも天才ねるさんを認知することができるのです。

さて、私の戯言はさておいて、ねるさんが抜けることにより11人になり、9人を加えた20人の新たなひらがなけやきの真価が試されるときがやって来ました。その瞬間瞬間を私たちはコマ送りの画像のように見ることができるという幸運を与えられたわけです。これが私たちの関心事でないはずがありません。
ねるさんが抜けることにより、真の意味でのひらがなけやきが始まったのではないでしょうか。存在意義は彼女たちがそこに存在していること自体にあるように思います。
このブログのテーマの一つに「けやき坂46」を今日加えました。このテーマで多くの幸せを書くことができればいいなと願っております。


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