雑感

2018年5月9日 乃木坂46
先日から少しずつ5th Year Birthday LiveのBDを見ています。不買運動と言いながらアルバムやライブ物は買っているのがまあ何だかなあという感じですが、そこは大人の事情ということで。
まだ、Day1の奈々未さん卒業コンサートのアンコール前まで見たところですが、当然ながら1日目はななみん関係の曲が多いのですね。ななみんが参加しているユニット曲を翌日以降に披露する合理的な理由はあまりなさそうですので当たり前か。
非選抜チームの曲ももちろんあるのですが、選抜非選抜含めた全体曲でもカメラショットで抜かれるのは圧倒的に選抜組のようで、もちろん全員が美しくて眩しいけれど、さすがにもう7年目(ライブは6年目時点ですが)にもなると見慣れ過ぎていると自分でも感じます。そんな中で目を引かれるのはあしゅ、日奈子さん、みり愛さん、絢音さんであるのを改めて認識するに至ったわけです。
実はBDを購入して家に帰ってこっそり開封し(家族に見られないように)、出演者の写真を眺めていて何となく?と感じたのですが、それはこのBirthday Liveにはひめたんがいないからなのだと気づきました。ちょうど休養期間中でしたよね。当たり前ですが、なーんだと少しがっかりしました。2枚目をチラ見したところではVTRでの出演はあるようですね。
私はこのブログで早くから、乃木坂システムの限界について書いてきました。どう考えても、このシステムはある時点で破綻するはずなのですが、5周年ライブの時点でも、今このブログを書いている時点でも、不思議なことに乃木坂は坂を上っているようです。最近感じているのは特に漢字欅との比較において、メンバーがファンに対して誠実でありかつ超人的な忍耐力を持っているということです。これは古いファンだけでなく、新規に対しても同じであり、人気の裾野がどんどん広がる最大の要因だと思っています。このところ運営がまるで古参ファンを切り捨てるような態度を取っているように感じていたのは、自分たちが特別扱いされるべきだという勝手な先入観を持っていたため、誰に対しても公平なメンバーたちの努力の結果が、相対的に古参ファンの地位を低下させるように働いていたということなのかもしれないと思っています。まあそれはある意味事実なのであり、分母が大きくなるに連れて配分は少なくなるのは仕方ないことであって、その少量の配分に耐えてファンを続けられるかという観点において、古参ファンは試されているのが現時点の状況なのでしょう。この忙しい時期に行われた3回目の46時間TVがまさにその誠実さと公平さの具現化であり、これはその意図のあるなしにかかわらず新規獲得と古参への増分の配分が同時に実現しました。
話はどんどん飛ぶのですが、少し前の乃木坂46Showで自惚れビーチとその女を見て、初めてアンダーアルバム(これも買っています)に収録されていたそれらの曲の素晴らしさを発見して驚いています。絢音さんと蘭世さんがセンターということもあり、その感情が彼女たちにより強化されたという私自身の特性はさておき、アイドルソングというものは映像+歌なのだなあと感じています。その意味では先日何かの番組で披露された太田裕美さんのさらばシベリア鉄道のカバーは、久しぶりに衝撃的な感動を覚えました。これは大滝詠一さんの原曲を太田裕美さん向けにアレンジしたものらしいですが、この太田裕美バージョンのさらばシベリア鉄道が大好きだったこともあり、今この時期にそれを乃木坂の歌うまメンバーで聴くことができるなんて生きていてよかったなと感じています。
今日はとりとめもない話になりました。新幹線は今豊橋に停車しています。ここまで書くのに、京都-豊橋間の時間がかかりました。(豊橋に停車するひかりに乗っています)内容が断片的になっているのは、旅先で思いつきを綴っているからなのでどうかご容赦ください。

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