どうありたいかを主張するということ
2019年10月12日 乃木坂46先ほどあがった岩本蓮加さんのブログにも書かれていますが、座長として初めて臨むアンダーライブ開始にあたって、「ライブが終わった時の感想が、可愛かったなぁで終わって欲しくない」と発言されたそうです。
これは結構本質的であるように感じます。アンダーライブのあり方だけでなく、グループ全体を通してこのようでありたいという彼女の希望なのかもしれません。私がこのブログで何度も指摘しているように、どのようになりたいか、どのようでありたいかを言葉にするのはとても勇気が必要かもしれませんが、それは非常に重要なことです。
アンダーライブに関しては、伊藤万理華さんが「アンダーライブの概念をぶっ潰す」と宣言されたのが記憶に残っています。言葉は覚えていないのですが、寺田蘭世さんも座長を務められたときにアンダーライブに関して何らかの発言をされていたように記憶しています。
乃木坂のメンバーが乃木坂の方向性について言及することは滅多にありません。それは意図的に止められているのか、自律的に発言しないのか、発言する勇気がないのかのいずれかの理由かもしれません。しかし、結果として何も言わなければ、ファンからすれば何も考えていないのと同じです。
日本の社会あるいは会社では、このような発言は組織的にはあまり好まれないのかもしれません。卑近な例では、私が勤めている会社は今存亡の危機に瀕していますが、その原因は何も主張しない、何も決定しない、何も反対しないひとが選ばれて経営者になっているからです。
組織の構成メンバーが自らの組織の将来を考え、今何をすべきかを常に発言しなければ、お互いに何を考えているのかが伝わらないはずです。コミュニケーションには共感し合うという機能もあるかもしれませんが、私は主張し合って凸凹の存在を確認し合い自らを修正するという機能の方がむしろ重要なのではないかと考えています。
その観点から、今回のれんたんの発言は、彼女が3期生初のアンダーライブ座長であり、3期生最年少(4期生まで入れても2番目の年少)であることを考慮しなくても大変に立派な態度だと思うのです。
クソガキ感のあるれんたんも懐かしいけれど、次世代を担う人物はやはりこうでなくてはなあと感じられたのはとても嬉しいことでした。
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これは結構本質的であるように感じます。アンダーライブのあり方だけでなく、グループ全体を通してこのようでありたいという彼女の希望なのかもしれません。私がこのブログで何度も指摘しているように、どのようになりたいか、どのようでありたいかを言葉にするのはとても勇気が必要かもしれませんが、それは非常に重要なことです。
アンダーライブに関しては、伊藤万理華さんが「アンダーライブの概念をぶっ潰す」と宣言されたのが記憶に残っています。言葉は覚えていないのですが、寺田蘭世さんも座長を務められたときにアンダーライブに関して何らかの発言をされていたように記憶しています。
乃木坂のメンバーが乃木坂の方向性について言及することは滅多にありません。それは意図的に止められているのか、自律的に発言しないのか、発言する勇気がないのかのいずれかの理由かもしれません。しかし、結果として何も言わなければ、ファンからすれば何も考えていないのと同じです。
日本の社会あるいは会社では、このような発言は組織的にはあまり好まれないのかもしれません。卑近な例では、私が勤めている会社は今存亡の危機に瀕していますが、その原因は何も主張しない、何も決定しない、何も反対しないひとが選ばれて経営者になっているからです。
組織の構成メンバーが自らの組織の将来を考え、今何をすべきかを常に発言しなければ、お互いに何を考えているのかが伝わらないはずです。コミュニケーションには共感し合うという機能もあるかもしれませんが、私は主張し合って凸凹の存在を確認し合い自らを修正するという機能の方がむしろ重要なのではないかと考えています。
その観点から、今回のれんたんの発言は、彼女が3期生初のアンダーライブ座長であり、3期生最年少(4期生まで入れても2番目の年少)であることを考慮しなくても大変に立派な態度だと思うのです。
クソガキ感のあるれんたんも懐かしいけれど、次世代を担う人物はやはりこうでなくてはなあと感じられたのはとても嬉しいことでした。
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