事業の規模

2019年7月15日 乃木坂46
24th選抜人数が実質17人ということは、運営はこれまでの事業拡張路線を一旦あきらめ、事業の縮小均衡を図っている可能性が考えられます。
当ブログ「乃木坂の今後」(リンク→https://albireo.diarynote.jp/201811231225488542/)でも考察したように、乃木坂の適正最小人数はアンダーライブを維持すると仮定すると36人程度であり、もしアンダーライブを考慮しないならもう少し規模を縮小して20名程度となるでしょう。今回選抜に選ばれた3期4名プラス運営に推されている感じがする大園、岩本を加えた6名、2期のうちやはり運営に推されている感じがする堀、北野の2名、および4期11名を加えると総勢19名が現有勢力での最小構成人員となり、ほぼ両者は一致します。ただ、これでは握手会での収益が確保できないので、現在の握手免除以外の人数が37名であることを考慮すると、段階的な事業縮小を考慮しても近い将来に10名程度の5期生が募集されると予想されます。
人数的にはこのような予想ですが、当然初期乃木坂メンバーはほとんどいないことになるため、やはり24thシングルから第2期乃木坂に移行したと考えるのが妥当な解釈ということになるでしょう。今までの箱押し、古参ヲタは退場が強く迫られていることが理解できるというものです。

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シングル活動期間表の更新
24thまで発売日が決まっていますが、25thはおそらく年内、2019年11月6日ころに発売されると予想されます。24thの活動期間は逃げ水に並ぶ63日間の最短記録になりそうです。
また、今回の選抜で2期生の大量卒業が予想されます。残念ですが仕方ありません。加えて1期生の卒業予定スタックには齋藤飛鳥さんも積まれたような気がします。1期ゼロと堀、北野を除く2期ゼロになるまで残された時間は1年ないと思われます。今回シングル発売日以前に卒業の桜井玲香さんが選抜メンバーに含まれていますが、実質的にもう関係ないので、24thはついに初期と同じ16人体制付近の規模になりました。今後はぱらぱらと行われる卒業イベントを除けば、第2章乃木坂46が24thから始まったと見るべきなのでしょう。第2章になじめないファンは初期乃木坂とともに卒業の時期を迎えたようです。

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お誕生日

2019年7月14日 乃木坂46
今日(2019年7月14日)は最終防衛ラインの一人である久保史緒里さんの18歳の誕生日だそうです。お誕生日おめでとう。
みなさん、18歳ですって。なんとも眩しすぎるお年頃ですね。私にもあったはずの18歳。2年くらい前のことかなと遠い目で考える。

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ジェノベーゼ美味しいですよね。ソーヴィニヨン・ブラン種あたりを使ったイタリア白ワインと相性ばっちりですね。
バジルだけだとちょっと苦手ですが、ジェノベーゼのバジルソースとパスタの組合せは最高です。
文ストのことはよくわかりませんが、リストされている作家の中では中原中也が、というより中也の詩が好きです。とくに「ゆあーんゆよーん」とかね。
賀喜遙香さんは高校3年生らしいので、ジェノベーゼは食べたことはないかもしれないけれど、中原中也の詩は味わい深いので是非読んでほしいです。
ところで賀喜遙香さんのお名前の漢字はすべておめでたい字でできているんですね。今ここに書いていて感じました。4期生にかかる期待は大きいので、体調管理前提でご活躍を期待しています。

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【メモ】2019年6月25日の当ブログの記事「期待値のずれが予測と大きく異なる場合についての考察」が論理的に正しくないとのご指摘をいただいたので、若干加筆訂正しました。ただ、このブログは私の心象風景を文字を媒介として不完全に描写しているだけのものであり、心象風景そのものに矛盾があるため、完全な論理性を備えてはいないということをお含み置きいただけますと幸いです。
記事リンク↓
https://albireo.diarynote.jp/201906251703471299/

六根清浄

2019年7月10日 乃木坂46
今日(2019年7月10日)の渡辺みり愛さんのブログが素敵です。
言葉も写真も饒舌ではないけれど、とてもセンスがいいんですね。
「私達は前を向いて進まなければ/いけない。」この言葉に多くが集約されている気がします。

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齋藤飛鳥様、佐々木琴子様、久保史緒里様、向井葉月様、大園桃子様。

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先後比較

2019年7月9日 乃木坂46
某巨大掲示板にサヨナラの意味のときとSing Out!の集合写真の比較がありました。前者には美しい黒髪とやさしい笑顔と凛々しい爽やかさがありましたが、後者にはそれがやや不足しているように感じました。
些細な差かもしれません。でも本質はここにあるのではないかと感じています。俄かにとってはどうでもよいことであっても、私には大きな違いのように思われます。
なお、照明の落下と今回の労災相当事故は小さなことではないので、もみ消すのではなく真摯に対応すべき案件かと。

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体調...

2019年7月5日 乃木坂46
今日の北川悠理さんのブログがごめんなさいブログになっているのが悲しい。体調不良なら休んで当然。また人によって体調不良の深刻さはそれぞれ。精神論で何とかなるものではない。
最後の一文「一生懸命頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。」がけなげ過ぎる。ゆっくり休養して元気な姿をまた見せてください。そして素敵なブログも期待しています。

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うわー、こんな素晴らしいことは即刻実行してください。ただ、日本人芸能人も追い出されるようなので、乃木坂から一人送り込むことができるかもと思っていたのにそれが不可能になりそうで心配です。

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実際は「最高だったかもしれなくもない」ではなく最高です。
今日(2019年7月2日)の大園桃子さんのブログがとても感動的でした。ももちゃん、ぜひ無敵になってください。お願いします。

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ネットの記事にスマホ難聴のことが書かれていて、通勤時、昼休み、就寝時にイヤホンまたはヘッドフォンで音楽を聴いている私も気を付けなければならないと思いました。そして、その誘因としてカフェインの過剰摂取とヘアカラーの溶剤の話が出ていましたので、ヘアカラーの成分について調べてみました。
詳しいことはネットに任せるとして私が得た主たる知識を書き出してみると、ヘアカラーは1剤と2剤に分かれていて、1剤には染料とアンモニアが含まれており強アルカリまたは弱酸性らしく、2剤には過酸化水素とリン酸が使用されているらしい。
アンモニアによりキューティクルを開いて、過酸化水素により染料の発色とメラニンの脱色が行われるらしい。まさにひえーというところですね。劇薬あるいは毒薬ですな。
日本人の多くは、将来髪の毛に問題を抱えることになりはしないか、老婆心(私は老婆ではないが)ながら気になって夜しか眠れそうにない。
私が生理的に茶髪に対して嫌悪感を覚えるのは、こんな理由があったからなのですね。まあ、茶髪の人が禿になろうと難聴になろうと知ったことではないですが、残留している薬物の雰囲気が電車の中に充満するというような場合には私も被害を被る(重言?)可能性があり、それでなくても淋しくなりつつあるものの淋しくなり方に拍車がかかるのは御免蒙りたい。

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れなちさん、意外と言っては何だが、やさしいおねえさんですね。そして有能。掛橋さんと金川さんが自由に楽しそうにしているところがいいですね。
れなち軍団か。

借り猫ぐらい理解してほしいところですが、まあそれはそれで。

今、終わりました。大変楽しい配信でした。最終的に視聴者52,974人まで確認できました。すごいですね。

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昨日(2019年6月24日)更新された北川悠理さんのブログの今日のコメントに下記のような書き込みがありました。
「私が最近思う、美しいものは、女の子の黒髪とかカラコンをしてない瞳です。/ありのまま、何も着飾らずに生まれたままで十分に綺麗だと思うんだ〜〜。」
おそらくコメントした人は若い女性ではないかと思われるのですが、おじさんの希望いや意見とまったく同じですね。
私が昔から思っていることの一つに「化粧は土人を目指す」というのがあります。少し言葉が微妙ですが、差別的な意味は微塵もないことを理解していただいた上で、この言葉は民族的な伝統に従って特徴的な身体装飾を施した人々を指していると思ってください。例えば詳しくはないのですが一部のそのような人たちの装飾・化粧方法として対照的な色合いを用いて体を塗り分けたり、鼻輪や直線状の棒を身体のどこかに通したりすることがありますが、今、世界のどこであっても「化粧」の究極の姿はそのような装飾として最終的に結実するというのが私の説です。
実際、この日本でも鼻ピアスは時々見かけますし、少し前の赤いチークや今流行の明るめの茶髪や、白い化粧に真っ赤なルージュなどというのは、上の説を証明するに足る十分な事実だと思います。
ただ、この土人における化粧ないし装飾というのは、その種族なり民族に伝統的かつ呪術的に根付いたごく少人数の社会における習慣の内部においてのみ正当化されるものであり、化粧ないし装飾が呪術的要素として裏づけされない場合は単なる馬鹿の猿真似以上の意味はないということです。すなわち流行しているからというだけでは、それが美しさの一般的な基準の十分条件足り得ないのです。多くの人数による構成される社会においては呪術的習慣が身に付いているのは年齢の高い層であることが多く、美の基準としてそのような装飾が捉えられるためにはこの層に一般的に理解されねばならないと思うのです。
それを前提とした上で、茶髪が呪術的要素に裏づけられた美の基準としての地位を確保しているかを考えると、多くの日本人というのは、生まれながらにして優しい風貌と美しい黒髪と細やかな心配りの気持ちを持っていると考える方が今現在でもより一般的なのではないかと私は感じています。それをスポイルするものを流行させようとするということは、畢竟本来の日本の美的要素を決定する権利のない者が、おそらくこの美しい日本人を貶めるために慎重かつ緻密に張り巡らした策略だと思うのです。まんまとその罠に嵌っていく日本人が多くて私はこのところ心穏やかではありません。
悠理さんや、ありがたいコメントをしてくれた(おそらくは)お嬢さんの感覚が平均的かつ典型的なものとなり、日本人の正統な美的感覚に適合したものとなりますように。

(3841)

舞台上で歌う桃子さんの笑顔が仮令少しの間でも見られないとは。
そう書いていてふと思い出したのは、私が大学の時に同級生の女の子が病気で長期に休学して、卒業が一年ずれてしまったことでした。
当時の私はその時の彼女の気持ちに思いを致すなどという高級な神経を持ち合わせていなかったので、何とも思わなかったように記憶しています。我ながら情けない奴だと今になって思います。
彼女は明朗な性格の少し背の高いほっそりした美人で、学生実験の班が同じだったこともありよく話をしました。そういう間柄でありながら彼女が休学してからの記憶が全く残っていない、なんともはやという気持ちです。
学校や会社を比較的長期にわたってお休みになっている方も多いと思います。どうかぜひあまりあせらずにお休みの原因を十分に克服されてから再始動されますように祈っております。

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某巨大掲示板で名言を見つけました。
「もう乃木坂にはもう"物語"がない/人生には出生、卒業、結婚、出産など様々なイベントがあるが乃木坂は言うなれば"葬式"しか残るイベントはない/そういう状況だ」(改行を/にした以外原文ママ)
ここで言うところの卒業とは進学や就職を前提とした、ある就学期間の終了を指すので、アイドルの卒業とは本質的に異なる(卒業イコール個人の葬式)と考えれば、まさに今の乃木坂を言い表す文章だと思います。個人の葬式の積み重ねが箱の葬式に集大成されるということでしょう。
乃木坂だけでしょうか。欅のエースになるはずだった逸材を立ち上げ早々に失ったどこかのグループも同じではないでしょうか。そう感じるのは、その掲示板でも度々書き込まれているように、箱推しを無視し、新規に阿る運営方法が必然的に引き起こした帰結だからであり、乃木坂末期イコール日向坂の今という感覚が頭から離れないからです。
運営方法は私の考えることではないので、元箱推しとしては遠くから見ているだけしかできません。

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自分のこと

2019年6月14日 乃木坂46
僕でもいいけれど基本は私。文章中で使うのなら自分のことを名前(first name)でいうのは、冗談ならまだしも本気だったら相当気になるレベル。
ところで話変わって今日は献血の件で、でんちゃんを見直した一日でした。

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明日もお願いします。

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もう潮時ですかねえ。

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葉月さん!

2019年6月8日 乃木坂46
先日このブログでもっとブログを書いて!と書いたこととは何の関係もないのでしょうが、葉月さんのブログが怒涛のようにアップされていてとても嬉しいです。
質問返しをしようとしたら、自分のブログにコメントがない。だったら他人のを利用しよう。って最高ですね。
さあ、今から葉月さんのブログに質問を書きに行こう!

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少し前の北川悠理さんのブログの多くの興味ある表現の内の一つについて考察しました。
対象は「音楽を心に飼える余裕があるから幸せになれるのか、/ふとそんなことを思いました。」なんですが、「飼う」はおそらく英語の「keep」なんだろうと最初から思っていました。試しに上の文章をgoogle翻訳にかけてみると、果して「I wondered if I could be happy because I could afford to keep music in mind.」というのが出てきました。ほらやはり英語にすると全く違和感がないですよね。
この表現一つから思い切り外挿して類推すると、悠理さんの中では音楽は無機質なものではなく、可愛がったり、癒されたり、役に立ったり、世話をしたりする有機的なものだということになりますね。悠理さんのすてきな感覚がすてきな表現として現れているのでしょうか。
是非英語併記でブログをお願いします。

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